「最前線に一番弱い俺がいる」 お気に入り画像登録
「最前線に一番弱い俺がいる」

登録 タグ *ファンタジー *ラノベ
編集を行うにはログインしてください

投稿日時
2025-05-28 14:34:24

投稿者
プロフィール画像
斎賀久遠

このユーザのマイページへ

お気に入りユーザ登録
投稿者コメント
第三話:「檻の中の裁き」

聖堂の奥、地下深く。
司教グラディウスは重厚な扉を潜り抜け、自らの研究所――“神の工房”へと至る重い空気を割って進んだ。

古ぼけた聖書と並ぶ、魔族の秘伝書。
生体実験の記録、魔術陣の上を這う奇怪な紋様。
石壁の隙間からは、祈りとも呻きともつかぬ声が漏れている。

部屋の隅で黒衣の助手が小声で報告した。
「……司教様、リシア様の一行はいまだ消息不明との報が。依然として帰還報告はありません」

グラディウスは口元に薄い笑みを浮かべる。
「“奇跡の勇者”……それも所詮、上層部の看板に過ぎんよ。リシアが象徴した“加護”も、“神の意志”も、いずれ色褪せる。」

助手は、それでもと食い下がる。
「ですが、民衆の信仰はいまだ……」

「愚かなものだ」
グラディウスは一度だけ肩をすくめ、机の上に目を落とす。
「与えられた偶像に群がるだけの“信仰”など、何度でもすげ替えられる。……本物を見せればな」

助手はわずかに息をのむ。
「“本物”、ですか?」

グラディウスは机に置かれた融合データや、クロードの魔力波形に手をやる。
「そうだ。“神”も“悪魔”も、我々が作り出す。……時代の求める象徴を、この手で生み出してやる」

「つまり、融合体こそ――」
助手の言葉を、彼は鋭く遮った。

「そうだ。リシアはもう用済みだ。これからは、創られた神が、信仰を喰らう」
グラディウスの瞳には、微かに狂気じみた光が宿っていた。

助手は沈黙し、グラディウスの狂気じみた確信に気圧される。
グラディウスは冷たい微笑を浮かべる。

「“奇跡”の舞台は終わった。

次は“新たな神話”の時代だ――我々の手でな。」

その言葉が静かに室内に響いた直後、

廊下の奥から新たな足音が駆け寄ってくる。

扉が勢いよく開き、別の助手が顔色を変えて飛び込んできた。

 

「司教様、失礼します――報告が!」

グラディウスは顔を上げ、手元の魔力波形グラフから視線を外す。

「何事だ。」

「先ほど……掲示板に指名手配が出されていた“赤髪の女”――レティ=ヴェルメイユを拘束しました。」

「……バルナスを退けたというあの女か?」

「はい。しかし、不可解な点がありまして……」

助手は一瞬、戸惑いを見せる。

「抵抗らしい抵抗もなく、兵士の制止に素直に従ったとのことです。」

グラディウスはしばし黙り込み、瞳に薄い光を宿す。

「……バルナスを打ち倒した女が、あっさりと投降した?」

「まさにその通りです。本人かどうか、念のため確認を――」

グラディウスは机上の結晶盤に手をかざし、低く命じた。

「ならば、“試験体”を向かわせろ。」

助手の顔色がわずかに変わる。

  

「……あの、“看守”を本当に解き放つのですか。前回も、囚人二名が――」

怯えを隠せない声が空気を震わせる。
だがグラディウスは無感情に手を振り、話を遮った。

「問題ない。失敗作にはせめて“役目”を与えねばな。」

助手は記録紙を指でたどり、さらに声を落とす。

「……隔離房の死体も、原型を留めぬ有様で。
男も女も関係なく、“衝動”が抑えきれないようで……」

グラディウスは冷たく口元を歪める。

「それでこそ“融合”の片鱗。理性より本能が勝るということだ。」

助手は小さくためらい、言い淀む。

「ですが、もし制御を失えば……」

「制御できなければ、次の試料を使えばいいだけだ」
冷ややかな声音がそれを押しつぶす。
「……さて、赤髪の女には“正体”を見せてもらおう。」

   

グラディウスの言葉が静かに部屋に落ちた。
その場に重苦しい沈黙が広がる。
やがて、遠くで鈍い振動音が響き始めた。地下を巡る冷たい空気の中に、何か巨大なものが動き出した気配が混じる。

試験体の収容房では、鎖が引きずられる音とともに、異形の巨体がゆっくりと立ち上がる。
解除の合図を受けた衛兵が無言でレバーを倒し、重々しい扉が開かれた。

その瞬間、廊下の奥から獣の唸り声がこだまし――
人の形を保ちながらも、人を捨てた怪物が、レティの待つ独房へと歩み出した。

  

重たい鉄扉が、奥の廊下で軋んだ。

そこに佇むのは、人間の枠を逸脱した巨体――脂肪と筋肉の塊に縫合痕が這い、剥き出しの歯で低く唸る実験体だった。

試験体の肩は、扉に触れただけで金属を軋ませ、無造作に垂れた腕には常人の頭ほどの太さがある。

助手は唾を飲み込む。

「準備ができています、司教様。……独房までの経路は封鎖しました。」

グラディウスは一瞥をくれると、わずかに顎を引いた。

「よろしい。――“獣”を檻から出せ。

“英雄”を名乗る女の真価、じっくり見せてもらおう。」

試験体は指示を待つことなく、解放されるや否や空腹と欲望のまま独房へと進む。

すれ違う看視兵ですら距離を取り、奥の囚人たちは気配を察して身を縮めた。

狭い石の廊下に、異様な熱気と獣臭が満ちる。背後で助手が、低く囁く。

「あの化け物が暴れれば、牢ごと潰しかねません……」

グラディウスは気にも留めず、部屋の奥から淡々と告げる。

「その程度で壊れる牢なら、いずれ用はない。」

独房の前、試験体はぬらりと扉を撫でるように手を這わせる。

太い舌で唇を濡らし、息を荒げた。

理性の残滓は、もはやどこにもない。

扉が解錠される音が、沈黙を裂いた。

 

石壁の向こうから、重い呼吸と獣じみた唸りが近づいてくる。
レティは背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら、無言で立ち上がった。

扉の鉄格子越しに見えたのは、人間の枠を逸脱した異様な腕。
分厚い指が、まるで意思を持った生き物のように鉄をなぞっている。

(――何よ、あれ……)

怪物、としか呼べない存在だった。
脂肪と筋肉が不自然に膨れ上がり、全身を縫い合わせたような傷が走っている。
剥き出しの歯が光り、唸り声が独房の中に不快な振動を響かせた。

レティは直感的に理解した。
これが“人間”であったものなら、とうにその名残は捨てている。

怪物の太い舌が唇をなめ、息を荒げる。
次の瞬間、錠前の外れる乾いた音が響き――

扉がゆっくり、だが有無を言わせぬ力強さで押し開かれる。
怪物は檻の中へと、飢えた獣のごとく足を踏み入れてきた。

 

怪物は、明らかに「何かを喰らいたい」という本能だけで動いている。
床板が軋み、空気が濁る。
他の囚人たちは、遠くで恐怖に震えて息を潜めるしかなかった。

怪物の口角から涎が糸を引き、肩で息をしながら、まっすぐにレティへとにじり寄る。

レティは一歩も引かず、静かに目を細めた。

「……なるほど。“お手並み拝見”ってこと?」

怪物は返事をすることなく、獲物を前にした猛獣のように、ただ低く呻く。

そして次の瞬間、檻の空気が切り裂かれた――
巨体が突進し、床石ごと独房が軋む。

レティは身を沈め、静かに――しかし鋭い殺意をその瞳に宿らせた。

(――こいつ、普通の人間じゃない。)

血と暴力と本能がぶつかる静寂の中、
レティは、ただ真っ直ぐに融合体を睨み返した。

 

怪物――いや、異形の巨体の突進に、レティは一歩も退かずその動きを凝視した。
武器はない。頼れるのは自分の身体と、研ぎ澄まされた感覚だけ。

巨腕がうなりを上げて振り下ろされる。
レティは紙一重でかわし、怪物の膝関節の内側へと滑り込む。
素手で脛の腱を捻り、膝を逆関節に極める。
“膝は外からの衝撃よりも、内側からの力に弱い”――
そう判断した瞬間、巨体がバランスを崩して膝をつく。

次の瞬間、レティはしなやかに身体を反転させ、
怪物の太い首に両足を巻きつける。
首の骨の位置を正確に感じ取り、力のベクトルを一点に集中――
捻る、締める、折る。

“呼吸を奪い、神経を断つ”

骨が鈍く砕ける音がした。

――これで終わり。

レティは確信していた。
首をへし折られた人間が動けるはずがない。
 

崩れ落ちた怪物は、まるで役目を終えた人形のように動かない。
レティはわずかに肩で息をしながら、それでも油断なく距離を詰める。

(……終わった?)

そう思った瞬間だった。

「……た、すけて……」

低く、かすれた声が石牢に響く。
倒れた怪物の口が、わずかに動いた。

目が合った。

その瞳には、先ほどまでの獣の光ではない、
どこか――人間の、苦しみに満ちた色が宿っていた。

「……喋った……?」

レティの足が、わずかに止まる。
鋭く見開かれたその目に、一瞬だけ“戦士”ではなく、“人間”の動揺が浮かぶ。

その一瞬が命取りだった。

ぶら下がっていたはずの巨腕が、
理性の声とは無関係に、
獣のような唸り声とともに振り上がる。

「――っ!」

気づいた時にはもう遅い。
拳が、風を裂いてレティの胴を打ち抜いた。

壁際まで吹き飛ばされた身体が鈍く音を立てて石に叩きつけられ、
空気が一気に肺から抜ける。視界が跳ね、喉が痙攣した。

「な……っ、んで……!」

レティが血を吐きながら顔を上げたその先、
怪物は呻きながら、床に手をついてゆっくりと立ち上がっていた。

「……やめてくれ……俺じゃ、ない……」

口元から血と涙を混ぜたような液体が垂れ、
理性と本能がせめぎ合うように、巨体は身を震わせる。

だが、動くのは理性ではなかった。

怪物の腕が、再びレティを求めて持ち上がる。
“喋っている”にも関わらず、
その身体は、完全に獲物を喰らう意志で動いていた。

レティは、歯を食いしばった。

(――あの目……あれでも、まだ“人間”なんだ)

だが、目の前にあるのは、確実に“怪物”だった。

血と本能と理性の狭間で、
崩れ落ちたはずの“人間”が、
もう一度レティへと拳を伸ばす。

 

鉄格子越しに、グラディウスは静かに腕を組み、
“赤髪の女”と融合体の攻防を淡々と見守っていた。

助手「あの女、試験体の首を、折りましたよ……!」

驚きと恐怖がない交ぜになった声に、グラディウスは微動だにしない。

「……人間の枠を超えているな。だが――」

独房の壁際まで吹き飛んだレティの身体は、ピクリとも動かない。
グラディウスはその一部始終を、
まるで研究材料の異常反応でも観察するような眼差しで見ていた。

「……なるほど。首を折られたら試験体の自意識が戻ったか。だが体は意識の支配下にないとは興味深い」

気を失ったレティを、試験体の歪んだ腕が捕まえようとする。

助手が慌てて声を上げる。

「司教様、止めないと――!」

 

グラディウスは何の感情も見せず、
静かに呪文を紡ぎ、指先で淡い印を結ぶ。
囁くような魔術の音が空気を震わせた。

すると怪物の巨体が、まるで糸が切れた操り人形のように、
その場で膝から崩れ落ちる。
ぶるぶると小刻みに痙攣しながら、やがて静かに沈黙した。

グラディウスは床に横たわるレティを見つめたまま、低く呟く。

「……素手で、試験体の首を折るとは。
この女、本物かもしれんな。」

助手「女の息はまだあるようです、処分を――」

「待て。
もしこれが“本物”なら、殺すには惜しい。
魔族の虫と融合する者を利用するのに使えるやもしれん。
拘束を強化しろ――目を離すな。」

淡々と命じ、グラディウスは再び手元の魔術結晶を操作する。
その瞳には、獲物を値踏みする冷たい光が宿っていた。
→画像情報ページへ
最大化 | アクセス解析 | ユーザ情報

メッセージ送信
▽この画像のURL(リンクについて)▽


▽この画像のトラックバックURL▽(トラックバックについて)


情報提供