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『前衛で稼げなくなった世界の片隅で』

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投稿日時
2025-05-31 11:02:31

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斎賀久遠

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第二十三話:#骨兵、朝日に散る

鉱山の坑道を抜け、全員が無事に地上へ出たころには、夜明け前の冷えた空気が山肌を包んでいた。

大爆発のあと、モンスターの群れが坑道の奥で足止めされたおかげで、山道は静けさを取り戻している。

誰も急ぐ必要はなくなった。

ただし、背後で何か爆ぜるたびにレイスの肩がビクッと跳ねた。PTSDの予兆だ。

  

──※PTSDとは※──

PTSD(心的外傷後ストレス障害):強いトラウマ体験の後に、その記憶がフラッシュバックや悪夢となって

繰り返し出現する症状。主な原因:戦争、事故、ティナ。

【出典:みんなの冒険医学書 第2版】

 

レイスは泥だらけになったコートをパタパタとはたきながら、ため息混じりに言った。

「なあティナ。次から爆発オチ禁止。毎回鼻血が出る展開とか、ジャンプ漫画でも編集止めるやつだぞ」

「鼻血はティナちゃんのせいじゃないよね~?」
ヨミがふざけてレイスの顔を覗き込む。

ティナは得意げにウルクハイの牙を両手で掲げている。

なんならまだちょっと煙が出てる。
「じゃーん! ウルクハイの牙ゲットー! ハイオークよりレアなんだよこれ!

これでレイスも“貧乏くさい”卒業だね!」

ザラは、そんなティナの襟首を掴んで持ち上げ、真顔で警告する。
「アナタは帰ったら、じっくり反省会よ。反省文は二枚。爆薬の使い道を百字以内ででまとめなさい。」

「えぇぇ!? やめてぇ耳ひっぱんないでザラさん~! 耳がうさぎになっちゃうぅぅ!」

ヨミはそんな大騒ぎをよそに、レイスの隣でこっそり耳打ち。
「ティナちゃんが無事で良かったです。ホルドさん、喜んでくれますね」

「こんな爆弾ガールに爆薬渡したホルド爺、正気とは思えんけどな」

レイスは空を見ながら遠い目。もはや悟りの境地に達していた。

ボーンは背後から、カチャカチャと軽快なステップでみんなのあとをついてくる。

しばらく歩くと、山道の途中で朝焼けが差し込み、空がだんだんと明るくなってきた。
レイスが立ち止まって大きく伸びをする。

「あー、外の空気がこんなに旨いとはな、腹は膨れないけど」

ヨミは深呼吸して、ふと空を見上げる。
「町に戻ったら、まず何が食べたいですか?」

ティナが即答する。
「肉!でっかいやつ!骨付きの!ついでにみんなウチ来て!ご飯作るー!」

ザラが呆れて言う。
「その後は、風呂と反省文よ。」

「むぅぅ……大人ってすーぐ反省文書かせたがるんだもん!」

一同が軽口を叩きながら、朝焼けの山道をくだっていく。

少し進むと、ティナがふいに立ち止まって、みんなを振り返る。

「でもさ、こうやって帰るの、何だかんだで、ちょっと楽しいよね?」

ヨミも「そうですね」とにっこり微笑み、レイスも小さく頷いた。

ザラだけは少しだけ遠い目をしてつぶやく。
「……次はもう少し静かな仕事がしたいわ」

 

ティナがふと気づいて、
「ボーンも一緒に町まで帰ろうよ!爆発はないから安心してさ!」

ボーンは「どうだ」と言わんばかりにシャキーンと背筋を伸ばし、朝日で骨がビカビカと反射する。

自己主張が強い。骨なのに。召喚されただけの骨なのに。

 

ザラが空気も読まずにパチンと指を鳴らす。

するとボーンは静かに崩れ去った。
「骸骨召喚(ボーン・アライブ)も地味に疲れるのよ」
「ああ……ボーンが……」

「ボーンが美味そうな粉チーズみたいになった」

レイスとティナが無駄に劇的に悲しむ。毎回やるらしい。

こうして、騒がしくも賑やかな一行は、
ようやく平和な町の朝へと、ゆっくり下山を始めるのだった。

街に着く頃には、日もすっかり昇りきっていた。
ティナはレイスの背中で静かに寝息を立てており、

彼女の口元から静かにこぼれた雫がレイスの背中に湖を作っていた。

今ここに、ティナ湖が誕生した。

「背中に何か冷たい湖が誕生してるんですけど!?」
そんなレイスの魂の叫びを背に受けながら、朝の鍛冶屋が視界に入ってきた。

 

そこには、落ち着きのない動きで店先をウロウロするホルドの姿が。
彼はティナを見つけるや否や、爆薬に導火線をつけたような勢いで突進してきた。

「ティナァァァ!!お前火薬を勝手に持ち出して、鉱山で何やってたんだこのドアホォォ!!」

感動の再会? ノンノン、それは幻想。
現実は「怒りゲージMAXの熟練鍛冶師 VS爆薬少女」のバトルイベントだった。

ティナは目を覚ますなり、素直に謝るかと思いきや、

「でも見て見てホルドじーちゃん!ウルクハイの牙2本!しかも根元から綺麗に抜けたやつ!」

誇らしげに牙を掲げた。口の端には寝ヨダレが輝いている。
ホルドは一瞬だけ沈黙し、それから「はあ~~~」と魂が抜けたように嘆息した。

一方、レイスたちは鍛冶屋の奥に招かれ、ホルドが用意してくれた朝食をごちそうになる。
パンはカリカリ、ベーコンはジュウジュウ、卵は目玉。つまり勝ち組の朝だ。

その食卓で話題に上ったのは、ティナが持ち帰ったウルクハイの牙2本。
これがまさかの、ハイオークとは比べ物にならない超絶レア素材。

ホルドが重々しくつぶやく。
「一本で金貨2枚は固いな。よくこんなもん持って帰ってきたな、爆破オチで」

ティナはドヤ顔。ザラはすぐに真面目な話へ切り替える。

「売却益は、私たち4人で等分に分けましょう。もちろんティナも含めて」

その提案に対し、レイスは一瞬フリーズした。
やがて、手のひらの上の金貨を見つめながら、小さな声でつぶやく。

「あったかい……これが1本、金貨2枚になる……」

ぽろりと流れる涙。長らく金銭感覚が干からびていた男にとって、それはほとんど聖水。

「俺、これを一晩で10倍にする方法を知ってる」

その瞬間、ザラとヨミが同時に動いた。
ザラは目にも止まらぬ早業でレイスの口にベーコンを押し込み、ヨミは彼の肩を優しく押さえて真顔で言った。

「そういう話、絶対に裏がありますよ」

「やめて、それもう闇鍋投資詐欺師のセリフじゃん」

レイスは噛みしめながらベーコンで黙った。塩気が心に沁みた。
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