投稿日時 2025-06-09 17:57:28 投稿者 ![]() 斎賀久遠 このユーザのマイページへ お気に入りユーザ登録 |
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第一話:「ぷぅ~」 春の風が教室のカーテンを揺らす。 静かな朝。新しい年度。少しだけ背伸びしたクラスの空気。 俺――佐々木空也は、その空気の中に、そっと溶け込んでいた。 目立たず、話さず、干渉せず。 そうして十六年、それなりに生きてきた。 なのに。 「霧島志乃さん、転校生です。仲良くしてあげてくださいねー」 ホームルームで紹介されたその少女は、 完璧すぎて怖いくらいだった。 黒髪ストレート。白い肌。細い指。 制服はまるでモデルが着こなしているようで、 目を伏せたその表情からは、謎めいた静けさが滲んでいた。 彼女は空いていた俺の隣の席に座った。 クラス中の視線が、俺に突き刺さった。 「このやろう」「爆発しろ」などの念が、無言で伝わってくる気がした。 俺は机に視線を落としたまま、地味に息をひそめた。 それで終わればよかったんだ。 それが始まりだった。 ---次の日の朝。 担任が言った。 「じゃあ今日の号令は、佐々木くんと霧島さん、お願いね」 嘘だろ。 よりにもよって、昨日できたての“神と平民”コンビで号令? 俺は立ち上がる。 隣で、霧島もしずかに立つ。 「起立、礼、着s──」 ぷぅ~~..…。 完全なる放屁。 一瞬の沈黙。 次の瞬間、爆発が起きた。 教室全体がドッと湧いた。 男子も女子も「出たぞ!」「マジか!」と笑い転げる。 先生も黒板に背を向けて、肩を震わせてる。 俺は笑えなかった。 あまりにも意表を突かれたのと、 何より、その音が発せられたのが霧島志乃だったから。 ちら、と横を見る。 霧島しのは、真っ赤だった。 顔面から首元まで真紅に染まって、 うつむいたまま、肩を小さく震わせていた。 それだけなら、まぁ、事故だと済ませられた。 しかし。 彼女は俺に目を向けた。 その瞳は、期待にきらめいていた。 なぜか。 「……笑ってくれるって、思ったのに」 誰にも届かないような声で、ぽつりと。 俺は動けなかった。 いや、何なら息すらできてなかった。 放課後。ほとんどの生徒が帰ったあと。 鞄に教科書を入れようとしていた俺の背後に、気配が立った。 「空也くん」 その声に、心臓が一瞬だけドラムロールを打つ。 振り返ると、そこには霧島志乃。 窓からの光で逆光になって、表情が読めない。 「ねぇ……どうして君は、笑わなかったの?」 声は穏やか。 でも、言葉の刃先は鋭かった。 俺は言葉に詰まった。 何か気の利いた答えを出そうと、口の中で考えた。 でも何も出てこなかった。 「みんな笑ってたのに。先生もこらえてたのに。 ……私、けっこう頑張ったのにな」 「いや、頑張ったって、なにを……?」 「今日の“ぷぅ”、湿度もタイミングも完璧だった。 練習、したんだよ?」 “練習”って何!? 「それでね……笑ってくれなかった君が、 いちばん印象に残ったの。 だから――気になってるの。どうして?」 沈黙。 世界が、“音”を待っている。 俺の脳がぐるぐるしてる間に、彼女は一歩近づいた。 制服の袖が俺の手に少し触れる。 「……君のために、もっと音を工夫してみるね」 彼女は、それだけ言って帰っていった。 教室にひとり残された俺は、 自分が今、なにかの“儀式”に巻き込まれたような気がしてならなかった。 【To Be Continued】 |
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