投稿日時 2025-07-02 19:52:28 投稿者 ![]() 斎賀久遠 このユーザのマイページへ お気に入りユーザ登録 |
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◆ 第18話「魔女裁判」 翌日、神城レンは明らかに不安定だった。 ホームルームの時間も、授業中も、ずっと落ち着きなくスマホを操作していた。 何かを誰かに伝えたくて仕方がない――そんな目をしていた。 俺のスマホにも、レンからメッセージが飛んできた。 『霧島志乃は、魔女だ。あいつは人の声を消す。俺の声を奪った。』 『声を、返してくれ。助けてくれ。』 SNSにも、レンのアカウントで同様の投稿がいくつも上がっていた。 けれど、それと同時に―― 『昨日、神城レンに突然“呪われた”みたいなこと言われたんだけど……』 『レンって最近ヤバくない? なんか妄想?』 『放送部の機材勝手に触ってたらしい』 そんな“レンに関する悪評”が、まるで火消しのような速さで拡散されていった。 投稿のスクショや加工された動画までセットで。 その中には、“レンの声”で罵倒している音声付きの動画もあった。 (……声、作られてる) あのアプリ、《Silent Layer》。 志乃が、レンの“音”を使って、別人格を構築している。 本人は何も言っていないのに、スマホが勝手に“レンとしての暴言”を再生し、世間に流す。 まるで“レン自身が狂っていく”ように。 そして、その日の昼休み。 レンは教室を飛び出し、校内の掲示板に何かを貼っていた。 「これ、見てくれ! お前ら、信じるなよ!」 そう叫んでいたらしい――いや、叫ぼうとしていた。 けれど、声になっていなかった。 代わりに彼のスマホから流れたのは、別の“レンの声”だった。 《もうやめてくれ》《お前らなんて嫌いだ》《全部壊してやる》 教室の外にまで響くその音に、生徒たちは振り向き、ざわついた。 「やっぱアイツ、やばいよ……」 「まじで病んでるって……」 必死に何かを訴えようとするレンの動きは、ただの発作のように見えた。 先生が駆けつけ、保健室へ連れていかれる直前。 レンは廊下で、ひとりの生徒に詰め寄った。 それは、俺だった。 レンの目が、俺をまっすぐに射抜いてくる。 「……佐々木……っ」 かすれた喉の奥から、絞り出すようにして聞こえたのは、それだけだった。 その目には、必死さと、恐怖と、救いを求める色が混ざっていた。 けれど、次の瞬間には彼のスマホから再び別の声が流れ、周囲のざわめきに飲まれていった。 「レンくん、しばらく自宅療養するって」 そう言ったのは、他クラスの女子だった。 「……なんか、お母さんが迎えに来てて……泣いてたよ」 神城レンは、静かに学校から姿を消した。 誰にも何も説明できないまま。 まるで、最初から“音”だけの存在だったかのように。 ◆ ◆ ◆ その日の放課後――レンの母親が迎えに来たという話を聞いた直後。 俺は昇降口の前で、ぼんやりと外を眺めていた。 「空也くん」 後ろから声をかけられて振り返ると、そこには志乃がいた。 制服のまま、手にはいつものICレコーダー。 「今日の放課後の音、録ってもいい?」 志乃は、いつもの優しい声でそう言った。 でも、そのときだけ、笑った口元とは裏腹に目が少しだけ光った気がした。 夕日が赤く射し込んで、志乃の瞳を真っ赤に染めていた。 普段の落ち着いた雰囲気が、どこか試すように、押し付けるように変わった気がする。 (……なんだよ、それ。) 俺は、言葉が詰まった。 けど志乃は続ける。 「なんとなく。……“切れる前の音”って、貴重だから」 その一言に、言葉が詰まった。 けど志乃は続ける。 「人って、壊れる前の声が一番……純粋なんだよ。レンくんもそうだった」 「……それ、志乃が壊したからだろ」 ぽつりと出た言葉。 志乃は、少しだけ目を見開いて、 でもすぐにいつもの優しい笑顔に戻って言った。 「でも空也くんは壊さないよ。だって、音が綺麗だから」 それは、優しさのような、宣告のような言葉だった。 そのとき昇降口の外、 一台の車が走り去っていくのが見えた。 助手席には、うつむいたレンの姿が、確かにあった。 次の日の昼休み。 「空也くん、はい。今日の分」 志乃が俺の席に水筒を置いた。俺の、じゃない。志乃のだ。 「……あの、これは?」 「新しいブレンド。白湯に少しだけレモンとジンジャーを加えてみたの。今日の空也くん、声がちょっと詰まってるから」 「え、俺そんな分かりやすい?」 「うん。でも大丈夫。嫌な音はなかった」 にこ、と微笑んだ志乃は、まるで何事もなかったかのように隣に座る。 教室の隅では、レンの騒動の話がまだ続いていた。 けれどこの瞬間だけは、志乃はただの“優しい女の子”だった。 声の調子を気にしてくれる。 隣に座って、音のない時間を共有してくれる。 (……こんな普通の顔もできるんだな) 俺の胸の中で、ほんのわずかに罪悪感が揺れた。 レンがいなくなったのに、俺はこうして志乃と笑ってる。 それはおかしいことだとわかっていたのに―― (……でも、俺の声は“残された”) そう思った瞬間、胸の奥がすうっと軽くなる感覚があった。 (……それが、少しだけ──安心だった) けど、もうすぐ夏が来る。 夏休みが始まれば、みんながバラバラになる季節。 そのとき、志乃と俺は、どんな音を聴くんだろう。 志乃と過ごす時間も、きっと、長くなる。 |
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