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『霧島志乃は音で愛を語る』

登録 タグ *盗聴 *霧島志乃
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投稿日時
2025-07-09 22:43:08

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斎賀久遠

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◆ 第20話「モテ期、始まりました(※死亡フラグ)」

夏休み初日。
俺・佐々木空也は、全人類に向けて宣言したいテンションだった。

──俺、もしかして……モテてる??

「やばい、人生で初めて、恋愛シミュレーションの主人公感あるかも」

部屋でゴロゴロしながら、スマホの画面を見てニヤけていた。

【明美:じゃあ、◯日で!私、楽しみにしてるからね】

昨日のメッセージを何回も読み返して、意味もなくうつ伏せになって転がる。
布団がベコベコ鳴るたびに、「リア充かよ」とひとりでツッコんでた。

いやいやいや、俺にしてはすごい事態だぞ?

だって俺、これまでの人生で女子と二人きりで出かけた経験──ゼロだ。
修学旅行とか、遠足とか、団体戦みたいなイベントですら、陰キャポジションで空気だったのに。

最近、志乃とそれなりに会話してて、周囲の視線も気にしなくなってきた。
しかも、そんな中で明美からの“お誘い”である。これはもう……モテ期じゃないか?(当社比)

 

でも、ちょっとだけ、モヤモヤもあった。

志乃の顔が、ふっと頭をよぎった。
あいつ、普通に美人だし、俺の話も真剣に聞いてくれるし。
最近はちょっと距離近いし。

……でも。

(別に、付き合ってるわけじゃないしな。)
(志乃だって、俺のこと本気で好きとか……そんな感じでもないだろ。)
(いや、あの子は美人だし、もっと相応しい奴が──)

考えたくない方向に思考が向くのを、無理やり打ち切った。

「いやいやいや、これで断ったら男じゃねえだろ。誘ってくれたんだぞ。こんなチャンス二度とないかもしれないのに。」

自分で自分に言い聞かせるみたいに、スマホを握りしめた。

 

「夏って、マジですごい。フェスとか言ってる場合じゃない。俺の人生が祭り」

うっかり変なテンションでシャドーボクシングとか始めそうになったところで──

スマホが、震えた。

ポン、とLINEの通知。

また明美かなと思って画面を開いたが、そこに表示されていた名前は──

《霧島志乃》

そして、メッセージは一行だけ。

《水筒、昨日より“静か”だったね。》

「……あ、うん?」

いまは意味がわからない。ただの挨拶か、感想か。
でも、なんとなく……背筋がすっと冷えるような、妙な空気があった。

“水筒の音”に、何か含まれているような。

それでも俺は──

「ま、深く考えすぎか!」

と、能天気に布団へ倒れ込んだ。

そう。このときの俺は、まだ何も知らなかった。

この“夏”が、俺の人生で一番、長くて重い季節になることを──

******

──明美との約束、前夜。

俺は珍しく、風呂上がりにパックとかしていた。

いや、正確には妹のやつを勝手に拝借して顔に貼っただけだけど。

……明日、女子と出かけるんだよ? そりゃちょっとくらい気合い入れるってもんだ。

「ニキビとかできませんように……神様、明日だけでいいんで、俺にイケメン補正ください……」

呟きながら、スマホをぽちぽち。

当日の持ち物とか、ルートとか、天気予報とか……どんだけ慎重なんだ俺。

そして、ふと気づく。

部屋の“音”が──やけに、静かだった。

風の音も、外の車の音も聞こえない。

……いや、それだけじゃない。

スマホをいじる指先の音、ベッドのきしみ、冷蔵庫のモーター音。

日常にあふれてるはずの“環境音”が、まるで──

意図的に、消されてる。

「……え?」

思わず耳をすます。聞こえるのは、自分の心音だけ。

ドクン。ドクン。

こんなに静かな部屋だったか?

エアコンは? 窓の外の虫の声は? いや、もっと──何かが……

*******************

──同じ頃。

佐々木家の玄関先。

月明かりに青白く照らされたドアに、志乃はそっと耳を当てていた。

白いワイシャツとネクタイの制服が微かに風に揺れる。

息を殺し、じっと音を拾うように目を伏せる。

表札には『SASAKI』の文字。

ポーチライトに照らされる長い黒髪が鈍く光り、

その顔は焦点を結ばずに、ただ──中の声を必死に探しているようだった。

そして、かすかに笑った。

*******************

そのときだった。

玄関のチャイムが、“鳴らなかった”。

かわりに、ポストに何かが落ちる、乾いた音。

──カタン。

恐る恐る、廊下に出て、俺はポストを開けた。

そこには、薄い封筒が一枚。

差出人は書いてない。宛名も、ない。

でも、封を開けると、そこには一言だけ。

《空也くんへ。明日は暑くなるよ。水筒の中身、冷たいのにしておいてね。》

……霧島、志乃。

手紙の文字は、見覚えがあった。

「……なんで、知ってるの?」

俺が、明日、出かけるってことを。

持ち物のことまで。

そもそも……なんで、ここに届けられる?

ポストの前で固まる俺の耳に、ふいに──

“水滴が床に落ちるような音”が、ぽつん、と届いた。

それが、どこからの音だったのか。

部屋の中か、外か、それとも──頭の中か。

確かめる勇気は、なかった。

俺はただ、手紙を握りしめたまま、ゆっくりと部屋へ戻る。

気のせいだ、って何度も自分に言い聞かせながら。

それでも、頭のどこかでは、もう分かっていた。

──霧島志乃は、“すでにここにいる”。
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