タイトル | 『前衛で稼げなくなった世界の片隅で』 | ||||
タグ | *ファンタジー *爆破 | ||||
コメント | 第二十話:#前衛は爆発と共に去りぬ 鉱山の空気は、外よりいくらか湿っていて、埃っぽかった。 だが、ここが“死んだ場所”になったのは、ほんの一週間ほど前の話だ。 「思ったより荒れてないよな。灯りの跡もまだある」 レイスが足元を照らすと、地面には新しい足跡――靴底のパターンまで判別できるほど鮮明なものが残っていた。 ヨミが小声で続ける。 「昨日か一昨日くらい……それに、あちこちに道具が放置されてます。慌てて逃げたみたい」 壁際には使い古しのランタンや、まだ中身の残った水筒、鉱夫用のヘルメットなどが転がっていた。 ヨミは無言でそれらに目をやる。 「ここの人たち、普段ならもう昼前には作業してるはずだったんですよね……」 レイスが、ほんの一瞬だけ苦い顔をして壁を見つめる。 「……墓所の魔気が漏れたせいで、急にモンスターが湧き始めた――って事なんだろ」 そこで、ヨミがちらりとレイスを見て、言いにくそうに続ける。 「その“魔気”……あの時、レイスさんたちが――」 「レイスさん達ってヨミ……お前もその“達”に入ってるんだから他人事みたいに言うな」 レイスは自嘲気味に肩をすくめた。 「棺を運ぶだけの簡単なお仕事のはずだったのに……。 結局、村も鉱山も、全部巻き込んじまったな」 ヨミが唇を噛んだ。 「今さら後悔しても仕方ないです。今は、ティナちゃんを――」 ザラが静かに言う。 「自分で撒いた種は、自分で刈り取る。それだけの話よ」 奥へ進むごとに、鉱山の“日常”と“異変”の境界線がはっきりしてきた。 作業着の上から引っかかれた跡、血が付着したツルハシ。 どこか遠くで、重いものが転がるような不自然な音――。 「まだ、あちこちに“人がいた”頃の気配が残ってる……なのに、違う“臭い”も混じってきた」 レイスは低く呟く。 「血の匂いと、獣の毛の焼けるような……混ざってるな」 「この一週間で、完全に“モンスターの巣”になったわけじゃない。 今この瞬間も、どこかで“縄張り争い”が続いてると考える方が自然よ」 ザラの分析に、ヨミが小さく頷く。 やがて、通路の途中に派手なスカーフと小ぶりなリュックが落ちていた。 レイスが駆け寄り、そっと手に取る。 「ティナのだ。……まだ、あったかい」 「生きてるってことですよね。どこかに隠れてる……!」 ザラが慎重に周囲を見渡しながらつぶやく。 「あきらかに不自然。こんなに目立つ場所に荷物があるって変だと思わない?」 「モンスターが持ち帰ったって感じじゃないな。誰かに見つけてもらいたくて“置いた”みたいな……」 ヨミが眉をひそめる。 緊張をほぐす暇もなく、奥の方から不穏な唸り声と、何かをひっかく音。 「来るぞ……!」 暗闇の奥、鉱夫の詰所だった部屋の方角から、濁った目をした獣影が現れた。 「ハイオーク……いや、まだ“なりかけ”か。ゴブリンも群れで来る!」 レイスが剣を構え、背中で二人を守る。 「ヨミ、灯りが欲しい。それと群れのリーダーを探してくれ。――こっからは、俺の仕事だ」 「わかりました。照明魔法発動します」 ザラが淡々と札を構え、ヨミも灯りを掲げる。 「行くぜ。“前衛”の看板、腐ってないって見せてやる!」 暗がりの岩陰を照らすヨミの照明魔法、腐臭とともに現れるゴブリンの群れとオーク。 「普通じゃない……指示を出す“何か”がいる」 ザラが小さく呟く。 「この規模、自然発生の群れじゃない。群れの中に知能の高い個体――リーダーがいるはず」 ゴブリンたちが奇声を上げ、雪崩のように襲いかかってきた。 「下がってろ、絶対に抜けさせねぇ!」 レイスは剣を抜き、二人の前に立つ。 突進してくるゴブリンを、レイスはヨミとザラを庇いながら手際よく切り倒していく。 ザラは倒れたゴブリンの血溜まりに指を這わせ、静かに詠唱した。 「――《連鎖血撃(リンク・ブラッド)》」 どろりと流れ出した血が、無数の矢へと変じ、一直線に群れのゴブリンへ飛ぶ。 血の矢に貫かれたゴブリンの体から、さらに新たな血の矢が生まれ、次々と周囲を貫いていく。 「あいかわらず国家指定の呪術師はすごいですね、どうして私たちと一緒にいるのか不思議です。」 ヨミが圧倒されつつも照明魔法を維持し、索敵と補助に専念する。 だが、オークはゴブリンと違い、血の矢を浴びても膝をつくだけで致命傷にはならない。 「硬ぇな……!」 レイスは血の矢で怯んだオークの懐に飛び込み、剣で急所を狙い撃ち、仕留めていく。 その激闘の最中―― 広間の奥、照明で照らされた群れの喧騒から距離を取って全てを静かに観察する“異質な影”がいた。 「……あれが、リーダーね」 ザラが鋭く目を細める。 群れ全体を操るような知性と、ただならぬ威圧を纏うハイオークは ザラの作った”血の矢”が沢山のゴブリンの山を築き上げていく様子をじっと見つめていた。 ザラが両手で印を結ぶと、戦場に流れたゴブリンの血が空中で固まり始めた。 「レイス。この術には少し時間がかかる。誰も近づけないで」 「まったく、人使いが荒いな……任せとけ」 レイスがザラの護衛に意識を向けた、その時―― ヨミが鋭く声を上げる。 「ハイオークの弓! ザラさんを狙ってる!」 ザラとレイスの間にはまだ距離がある。 その間隙を縫うように、ハイオークが大弓を引き絞り、矢じりの先でザラの影を正確に捉えていた――。 ハイオークが大弓を引き絞り、矢じりがザラを捉える――。 その瞬間、ヨミが叫ぶ。 「レイスさん!“時の狭間にて風を裂き、影より早く我が身を駆る”――とにかく唱えて!」 「えっ、なにそれ――って、もうどうにでもなれ!」 レイスは言われるがまま、意味も分からず復唱した。 「時の狭間にて風を裂き、影より早く我が身を駆る――!」 その瞬間、頭の中に馴染みある皮肉っぽい声が響く。 《お久しぶりです、レイス。もう二度と出番はないのかと心配していましたよ》 同時に、マンデーの冷静な声が続いた。 《詠唱プロンプト受信――内容判定中…… 精霊召喚構文、適合。 疾風の精霊ヴェリス、呼び出しプロセスを開始します》 頭上に淡い魔法陣が展開され、空気が一気にざわめく。 青白い紋様が渦巻く中、マンデーの声が響く。 《召喚条件、全項目クリア。精霊ヴェリス、出力完了――》 次の瞬間、風をまとった中性的な少年――精霊ヴェリスが、眩い光とともに現れる。 レイスは必死にザラとハイオークの間に割り込もうと急ぐが間に合わない。 「ザラ!!いったん逃げろ、間に合わん!!」 その時、レイスの頭上に風が渦巻き、空中に青白い紋様が浮かび上がる。 そして現れるのは、どこか軽薄そうな少年の姿――精霊ヴェリス。 ヴェリスがウインクしながら手をかざす。 一陣の風がレイスを包み込み、身体が一気に軽くなった――というよりも、 もはや自分の体がついていけないほどの加速。 「ちょ、なんだこれ……速すぎて止まれ――」 レイスは自分の意思より先に身体が前へ飛び出し、制御できないまま一直線にザラへ・・・激突! ドガッ! ザラ「~~っ痛った!!・・・・ちょっと馬鹿レイス!あんたのせいで術式が散ったじゃない!」 次の瞬間、ハイオークの矢が二人のすぐ脇を鋭く通過し、地面に深々と突き刺さる。 ヨミ「……わ、わあ……予想外に助かった、のかな?」 ザラは倒れたまま睨みつける。 「レイス、説明は後で必ずしてもらうからね……!」 レイスは地面に顔を埋めたまま、弱々しく手を挙げる。 「……俺にも、何が起きたのか、説明してほしい……」 マンデーの冷静な声がレイスの意識に響く。 《初速100倍、停止制御オプションは未契約です。》 レイスとザラが頭を抱えながら立ち上がろうとした時、 ふとヨミがリュックのほうに目をやった。 「……あれ、リュックから煙が……」 よく見ると、リュックの奥底でわずかに火花が走る音。 誰も気づかないまま、ティナがリュックに仕掛けた爆薬がじわりと起動を始めていた。 すぐにヨミの顔色が変わる。 「レイスさん! ザラさん! リュック、これヤバやつです!なんか煙出てます!中身って――」 ヨミが慌ててリュックを引き寄せ、慎重に口を開けると、中にはぎっしり詰まった鉱山用の爆薬と、 もう半分以上燃え尽きた導火線が。 「え、……本物って見たことないんですけど、爆弾ですかこれ?」 ザラが冷静にリュックの中を覗き込み、導火線を指差す。 「明らかに“時間差で起爆”するように、導火線の長さが調整されてるわね。誰かが計算して仕込んだとしか思えない」 レイスの顔が一気に青ざめる。 「おいおい……冗談じゃねぇぞ、これ!?」 次の瞬間、リーダー格のハイオークがこちらを睨み、唸り声をあげて前へと出てくる。 「……クソッ、こうなったら――!」 レイスはリュックを奪い取ると、そのまま全力でハイオークに向かって投げつけた。 リュックは弧を描いてハイオークの足元に転がる。導火線の火花がちょうど底に到達し―― 「伏せろ!!」 レイスが叫ぶと同時に、凄まじい爆音と衝撃が鉱山通路を揺るがせた――! 土煙の向こう、リーダー格のハイオークが爆風に巻き込まれ、ゴブリンたちも吹き飛ぶ。 レイスたち三人も、爆風と土砂で視界を奪われながら、どうにか身を伏せてやり過ごす。 「……っ、マジで死ぬかと思った……!」 「こういう時だけ反射神経がいいのね」 「よ、ヨミ……あんたも次から爆薬の見分け方くらい覚えときなさいね……」 煙の中で、三人の命がギリギリ繋がったことだけが、少しだけ可笑しかった。 爆発の衝撃が収まり、土煙がゆっくりと晴れていく。 かつてゴブリンとオークでごった返していた広間には、 もはや怪物の影はなく、吹き飛ばされた残骸と、爆風でめちゃくちゃになった鉱山道具だけが転がっている。 ヨミが砂埃まみれで咳き込みながら呟いた。 「……あれ、全員いなくなりましたね。ほんとに吹き飛んだ……」 ザラは無言で埃をぬぐい、ため息をつく。 「これで静かになったけど……命がいくつあっても足りないわね……」 レイスは未だ地面に伏せたまま、腕をぶるぶる震わせている。 「……オレは今日、“寿命”を三年分は使った気がするぞ……」 その時、少し離れた岩場の陰から、ぱたぱたと足音がした。 「ちぇー……せっかく時間差で誘爆するように細工したのに……」 岩陰からひょっこり現れたのは、土まみれの三つ編み少女――ティナだった。 彼女はリュックを失ったことなどまったく気にする様子もなく、 呆然とする三人の前まで歩み寄る。 「レイス達が来なければ、ハイオークのすぐ近くで爆発したはずだったのに……邪魔しないでよ!」 子どもらしい口調で、しかし妙に淡々と、文句を垂れるティナ。 「ハイオーク、逃げちゃったじゃん。珍しい牙、絶対ゲットしたかったのに……」 唖然とするレイスたち。 「ティナ、俺たちまで木っ端みじんに吹っ飛ぶころだったじゃねえか!“救助される側”が爆薬でモンスター狩りするな!」 ティナは唇を尖らせ、ふてくされたように肩をすくめる。 「だってさ、この辺りにハイオークが出るのなんて、滅多にないんだよ!」 レイスが呆れたように言う。 「いや、普通の子は鉱山で爆薬を仕掛けて待ち伏せしないからな?」 場に一瞬、静寂が戻る。 ヨミもザラも息を呑み、ティナを見つめる。 それでもティナはまったく悪びれる様子もなく、 「……え、みんなやらないの?」 と本気で不思議そうに首を傾げる。 さらに、手元の小さなノートを取り出してカリカリとメモを始める。 「爆風で逃げる時の距離、もう少し詰めてもいけるな……次は二倍の火薬で――」 ザラが思わず額を押さえながらつぶやく。 「レイスの知り合いには常識の通じる人はいないの?」 ティナはキョトンとしつつも、ニヤリとイタズラっぽく笑った。 「でも、みんな無事だったし、ティナの作戦大成功でしょ?」 その開き直りに、全員が3人は力なくため息をついた――。 ティナとも無事に合流をはたした三人は、ひとまず鉱山の出口へと歩き出した。 「さて、ここからは安全地帯だな。早いとこ村に帰って――」 その時、ティナが名残惜しそうに鉱山の奥を振り返る。 「……やっぱり惜しいなぁ。ハイオークの牙って、めちゃくちゃ貴重なんだよ?」 「は? いや、命のほうが貴重だろ」 「違うってば! 牙は高いし、女の人に人気なの。 特に、“恋が叶う”とか“想い人と結ばれる”って噂、街じゃ有名なんだよ!」 その言葉に、ヨミが食いつく。 「……えっ、恋愛成就!? ほんとに!?」 ティナは満面の自信でうなずく。 「うん! お姉さんたちもみんな欲しがってるし、持ってたら恋が叶うって!」 ヨミの目が一気に輝き、 「……それ、ちょっとだけ探してみませんか……?」とレイスに小声で耳打ちする。 すかさずザラが冷静に割り込む。 「はい、却下。危険すぎるし、あなたたちの“恋愛運”のために命を賭ける義理はないわ」 しかし、レイスはヨミに同調して 「いや、俺も生活かかってるし、牙一本あればだいぶ助かる……!」と本気顔。 ティナも「だよね!」と親指を立てる。 「……これって、多数決ですよね?」とヨミがニコニコ。 「賛成はティナと、レイス、ヨミちゃんの3人。反対はザラさん1人。さあ、ハイオークの牙探し再開だよ!」 ティナが元気よく進行方向を変えて先頭を歩きだす。 ザラは肩を落とし、額に手を当てる。 「はあ……こんな雑な民主主義で生き延びてきた自分が悲しいわ」 ティナは嬉しそうに満面の笑み。 「決まりだね!」 こうして、「救出任務」はあっさりと“ハイオークの牙探し”へと姿を変え、 三人+一人の奇妙な狩猟パーティが再び鉱山の奥へと向かうのだった。 |
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iコード | i970080 | 掲載日 | 2025年 05月 29日 (木) 17時 50分 03秒 | ||
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