タイトル | 『霧島志乃は音で愛を語る』 | ||||
タグ | *放送室 *夜 *音フェチ | ||||
コメント | ◆ 第15話「消された声」 夜。 スマホの画面が、ぽつんと青白く光っていた。 部屋の明かりは消していた。静かな夜だった。 カーテンの隙間から街灯のオレンジが差し込み、俺の部屋をぼんやり照らしていた。 佐々木空也。十六歳、男子高校生、平凡。 今夜は、ほんの少しだけ非凡な状況にいた。 志乃からの通知が届いたのだ。 『レンくんの声、すごく面白い音になったの。 一緒に聴いてみない?』 ……え? なにその誘い文句。ホラーの予告編かよ。 でも。 俺はスマホを見つめたまま、思ってしまった。 (……これってさ。もしかして……デート?) いやいやいや。ない。絶対にない。 でも、“夜中に二人きりで会う”って……それって、たぶん……アレだよな。 学校外交流。 略して──学外恋愛試験(GRT)。 着替えながら、自分でもバカだなって思う。 でも足は止まらなかった。 心のどこかで、“志乃とふたりきり”に浮かれてる自分がいた。 パーカーのポケットからスマホを取り出し、指を走らせた。 『どこ行けばいい?』 返事はすぐ来た。 『学校の放送室で待ってる』 ……知ってた。 やっぱりそこなんだ。 よりによって、学校。夜の。放送室。 (いや、まだ希望はある。深夜の校内デートってパターンかもしれん……) 脳内会議が白熱する中、気づけば俺は靴を履いて、家を出ていた。 夜の校舎は、思った以上に静かだった。 裏口から忍び込んでドアを閉めた瞬間、外の世界の音がふっと消える。 (うわ……なんだこれ) 風の音、遠くの車の音、全部が吸い込まれていくみたいだった。 代わりに響くのは、自分の足音と、蛍光灯のジジッという点滅音。 そして、放送室の前。 ドアの向こうから──音が、聴こえた。 ぐにゃりと歪んだ、リバーブのかかった声。 人の声みたいで、人じゃない。 (……これが、神城の声?) ノックの代わりに、俺はそっとドアを押した。 中は暗かった。 照明は点いていない。 でも、志乃はいた。 白いカーディガンにチェックのスカート、パンプス。 制服じゃなかった。初めて見る私服。 俺の頭の中で、ガチャのSSR演出が再生された。 (激レア……!) 「こんばんは、空也くん」 その声が、いつもより柔らかくて。 (……やばい。今日の志乃、なんか雰囲気違う……) 「来てくれて嬉しい。一緒に、聴こ?」 志乃は俺の手を取って、放送室の中へ引き入れた。 真っ暗な室内。スピーカーだけが鳴っていた。 「う、わ……これ……」 スピーカーから流れていたのは、神城レンの“声”だった。 けれど、もはや人の声とは思えない。 ぐしゃぐしゃに潰されて、ノイズに埋もれていた。 「レンくんの声だよ。ノイズ、混ぜてみたの」 ミキサーのつまみを操作しながら、志乃は言う。 「たとえばここ──」 彼女が一つノブをひねると、声がきゅっと絞られ、悲鳴のような音が広がった。 「“やめて”って、聞こえない? でも、ちゃんと“音”としては残ってるの」 「……それ、録音の編集ってレベルじゃ……」 「“雑音キャンセリング”って、本当は“音の選別”なの。 いらない音だけ、消しちゃえばいいだけ」 淡々とした口調。 でも、目だけがどこか嬉しそうだった。 「神城くんの音って……いらないよね」 ぞわっと、寒気が背筋を這った。 (やばい。こいつ、ほんとに……) 「ねえ空也くん」 志乃がこちらを向く。 「君の声は、残したいの。……綺麗だから」 ふわりと笑った志乃の表情に、俺は何も言えなくなった。 「……これ、まだ途中なんだよ」 「もう少し編集すれば、きっと“もっと綺麗になる”と思うの」 “もっと綺麗になる”って……何が? 声が? 悲鳴が? それとも、壊れた感情が? 「雑音は、消すの。綺麗な音だけ、残したいから」 その言葉が、俺の胸の奥で── 妙に、冷たく反響していた。 ふと、志乃の視線がスピーカーから俺に戻った。 「ねえ、空也くん。次は、誰の“音”が聴きたい?」 その問いかけが、冗談なのか本気なのか分からないまま、俺は――何も答えられなかった。 |
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iコード | i981545 | 掲載日 | 2025年 06月 23日 (月) 21時 05分 02秒 | ||
ジャンル | イラスト | 形式 | PNG | 画像サイズ | 512×768 |
ファイルサイズ | 689,187 byte |
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