タイトル | 『霧島志乃は音で愛を語る』 | ||||
タグ | *盗聴 *霧島志乃 | ||||
コメント | ◆ 第20話「モテ期、始まりました(※死亡フラグ)」 夏休み初日。 俺・佐々木空也は、全人類に向けて宣言したいテンションだった。 ──俺、もしかして……モテてる?? 「やばい、人生で初めて、恋愛シミュレーションの主人公感あるかも」 部屋でゴロゴロしながら、スマホの画面を見てニヤけていた。 【明美:じゃあ、◯日で!私、楽しみにしてるからね】 昨日のメッセージを何回も読み返して、意味もなくうつ伏せになって転がる。 布団がベコベコ鳴るたびに、「リア充かよ」とひとりでツッコんでた。 いやいやいや、俺にしてはすごい事態だぞ? だって俺、これまでの人生で女子と二人きりで出かけた経験──ゼロだ。 修学旅行とか、遠足とか、団体戦みたいなイベントですら、陰キャポジションで空気だったのに。 最近、志乃とそれなりに会話してて、周囲の視線も気にしなくなってきた。 しかも、そんな中で明美からの“お誘い”である。これはもう……モテ期じゃないか?(当社比) でも、ちょっとだけ、モヤモヤもあった。 志乃の顔が、ふっと頭をよぎった。 あいつ、普通に美人だし、俺の話も真剣に聞いてくれるし。 最近はちょっと距離近いし。 ……でも。 (別に、付き合ってるわけじゃないしな。) (志乃だって、俺のこと本気で好きとか……そんな感じでもないだろ。) (いや、あの子は美人だし、もっと相応しい奴が──) 考えたくない方向に思考が向くのを、無理やり打ち切った。 「いやいやいや、これで断ったら男じゃねえだろ。誘ってくれたんだぞ。こんなチャンス二度とないかもしれないのに。」 自分で自分に言い聞かせるみたいに、スマホを握りしめた。 「夏って、マジですごい。フェスとか言ってる場合じゃない。俺の人生が祭り」 うっかり変なテンションでシャドーボクシングとか始めそうになったところで── スマホが、震えた。 ポン、とLINEの通知。 また明美かなと思って画面を開いたが、そこに表示されていた名前は── 《霧島志乃》 そして、メッセージは一行だけ。 《水筒、昨日より“静か”だったね。》 「……あ、うん?」 いまは意味がわからない。ただの挨拶か、感想か。 でも、なんとなく……背筋がすっと冷えるような、妙な空気があった。 “水筒の音”に、何か含まれているような。 それでも俺は── 「ま、深く考えすぎか!」 と、能天気に布団へ倒れ込んだ。 そう。このときの俺は、まだ何も知らなかった。 この“夏”が、俺の人生で一番、長くて重い季節になることを── ****** ──明美との約束、前夜。 俺は珍しく、風呂上がりにパックとかしていた。 いや、正確には妹のやつを勝手に拝借して顔に貼っただけだけど。 ……明日、女子と出かけるんだよ? そりゃちょっとくらい気合い入れるってもんだ。 「ニキビとかできませんように……神様、明日だけでいいんで、俺にイケメン補正ください……」 呟きながら、スマホをぽちぽち。 当日の持ち物とか、ルートとか、天気予報とか……どんだけ慎重なんだ俺。 そして、ふと気づく。 部屋の“音”が──やけに、静かだった。 風の音も、外の車の音も聞こえない。 ……いや、それだけじゃない。 スマホをいじる指先の音、ベッドのきしみ、冷蔵庫のモーター音。 日常にあふれてるはずの“環境音”が、まるで── 意図的に、消されてる。 「……え?」 思わず耳をすます。聞こえるのは、自分の心音だけ。 ドクン。ドクン。 こんなに静かな部屋だったか? エアコンは? 窓の外の虫の声は? いや、もっと──何かが…… ******************* ──同じ頃。 佐々木家の玄関先。 月明かりに青白く照らされたドアに、志乃はそっと耳を当てていた。 白いワイシャツとネクタイの制服が微かに風に揺れる。 息を殺し、じっと音を拾うように目を伏せる。 表札には『SASAKI』の文字。 ポーチライトに照らされる長い黒髪が鈍く光り、 その顔は焦点を結ばずに、ただ──中の声を必死に探しているようだった。 そして、かすかに笑った。 ******************* そのときだった。 玄関のチャイムが、“鳴らなかった”。 かわりに、ポストに何かが落ちる、乾いた音。 ──カタン。 恐る恐る、廊下に出て、俺はポストを開けた。 そこには、薄い封筒が一枚。 差出人は書いてない。宛名も、ない。 でも、封を開けると、そこには一言だけ。 《空也くんへ。明日は暑くなるよ。水筒の中身、冷たいのにしておいてね。》 ……霧島、志乃。 手紙の文字は、見覚えがあった。 「……なんで、知ってるの?」 俺が、明日、出かけるってことを。 持ち物のことまで。 そもそも……なんで、ここに届けられる? ポストの前で固まる俺の耳に、ふいに── “水滴が床に落ちるような音”が、ぽつん、と届いた。 それが、どこからの音だったのか。 部屋の中か、外か、それとも──頭の中か。 確かめる勇気は、なかった。 俺はただ、手紙を握りしめたまま、ゆっくりと部屋へ戻る。 気のせいだ、って何度も自分に言い聞かせながら。 それでも、頭のどこかでは、もう分かっていた。 ──霧島志乃は、“すでにここにいる”。 |
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iコード | i988408 | 掲載日 | 2025年 07月 09日 (水) 22時 50分 05秒 | ||
ジャンル | イラスト | 形式 | JPG | 画像サイズ | 896×1344 |
ファイルサイズ | 428,543 byte |
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