タイトル | 『霧島志乃は音で愛を語る』 | ||||
タグ | *デート *明美 | ||||
コメント | 第二十一話「デート(※ただし作戦会議)」 夏休み。 駅前の大通りは、照り返しでクラクラするほど暑かった。 「空也ー! こっちこっち!」 人混みの中で、手を高く振る明美がいた。 白いワンピースに麦わら帽子。 ちょっと小麦色の肌に、白い歯がよく映える。 「お、おう!」 俺は思わず手を振り返して、走り寄った。 「ごめんね、待った?」 「いや、全然!」 「良かったー。じゃあ行こっか!」 その笑顔は、太陽みたいに眩しかった。 待ち合わせからずっと、明美は明るかった。 観光地みたいな駅前商店街を、きゃっきゃと笑いながら覗き込む。 「見てこれー! 超可愛い雑貨!」 「え、あ、可愛いね!」 「ねー空也もなんか買いなよー。お揃いとか(笑)」 「……お、お揃い!?」 俺は内心、変な声を上げそうになるのを必死でこらえた。 (……やばい、これ、マジでデートだろ……) (やばいやばいやばい) 頭の中は恋愛シミュレーションゲームのBGM状態だった。 途中で寄ったカフェでも、明美はずっと喋ってた。 店員にやたらフレンドリーに話しかけたり、写真撮ろうとスマホを向けてきたり。 「はい、空也笑ってー!」 「え、ちょ、待っ──」 「いーじゃん、今日の思い出だよ!」 「……マジかよ」 俺は変な顔のままシャッターを切られたけど、明美は満足そうに笑った。 その笑顔を見るたび、心臓が変な動きをした。 (これ、本当に……俺、モテてるんじゃないか?) (人生で初めて……デート……) 頭の中がずっとお祭り騒ぎだった。 志乃のことは、意図的に思い出さないようにした。 夕方、駅前のファミレス。 ちょっと歩き疲れて、涼しい店内に座る。 ボックス席で向かい合った明美は、いつもよりちょっとだけ黙ってた。 ドリンクバーで取ってきたメロンソーダの氷をストローでカラカラ回す。 「……ねぇ、空也」 その声は、今日一番落ち着いたトーンだった。 俺は気圧されるように、背筋を伸ばした。 「な、なに?」 「今日、誘ったの……遊びたかっただけじゃなくてさ」 「……え?」 「……ちょっと、相談したいことがあったんだ」 明美は小さく笑ったけど、目は笑っていなかった。 「……霧島さんのこと、だよ」 空気が、急に重くなった気がした。 ファミレスの喧騒も遠く感じる。 「志乃……?」 「……空也、最近よく話してるよね」 「う、うん……まぁ、最近は……」 「普通に話せる、の?」 「……え?」 明美は息を整えるように、一度だけ目を伏せた。 それから、絞り出すように言った。 「私、霧島さん……怖いんだ」 「この間さ……神城くんのこと、知ってるよね? 明るくて人気者だったのに、最近ずっと無口になっちゃって。 声が、出ないみたいに……」 「……え」 「クラスじゃ“体調不良”ってことになってるけど……。 私、志乃さんが何かしたんじゃないかって思ってる」 俺は冷たい水を飲もうとしたけど、喉がカラカラで飲み込めなかった。 「……だって、私も少しだけ……変なこと、あったから」 「前に、志乃さんと二人で話してたとき…… 周りの音が全部、消えたの」 「……消えた?」 「人の声も、車も風も……私たちの声だけがやけに大きくて。 私、すごく怖くなって。 そしたら霧島さん、ニコって笑ってさ…… “静かだと、よく聞こえるでしょ”って」 俺は何も言えなかった。 心臓が、すごい勢いで脈打ってた。 「空也も、夏休みに一緒に旅行に行くでしょ。 そこで……ちゃんと確かめたいの。 本当に霧島さんが危ない人なら、止めたい。 ……お願い、協力してくれない?」 明美は、両手でコップを包むように握っていた。 その指が、かすかに震えていた。 俺は喉が張り付いて、言葉が出なかった。 さっきまで“デートだ!”と舞い上がっていた自分が、信じられなかった。 「……わ、わかった。俺も……考える」 そう言った瞬間── スマホが震えた。 ポン、と軽い通知音。 無意識に取り出して画面を見た俺は、息が止まった。 《霧島志乃》 そして、メッセージは一行。 《どこにいるの? 私もソフトクリーム食べたいな》 手が滑ってスマホを落としそうになった。 それを見た明美が顔を曇らせる。 「……空也、どうしたの?」 「……これ、志乃から」 画面を差し出すと、明美の顔から血の気が引いた。 さっきまでの明るさが、全部消えた。 俺は慌てて周りを見回す。 ファミレスの賑やかな音が、妙に耳障りだった。 でもその音さえ、いつ途切れるか分からない。 胸が締め付けられるように、嫌な予感がした。 (……聞かれてる) (どこにいるのかも、何を話してるのかも……全部──) 息をするのも怖かった。 明美は震えた声で、か細く囁いた。 「……空也、やっぱり、霧島さん……」 俺は言葉を探したけど、何も言えなかった。 そのタイミングで、スマホがぶるっと震えた。 画面を覗くと、一行だけ。 《もうすぐ着くよ。隣、ちゃんと空けておいてね》 空気が一気に凍りついた。 明美は言葉を失ったまま、真っ青な顔で俺を見つめていた。 |
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iコード | i989021 | 掲載日 | 2025年 07月 11日 (金) 18時 20分 07秒 | ||
ジャンル | イラスト | 形式 | PNG | 画像サイズ | 1232×928 |
ファイルサイズ | 1,955,776 byte |
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